台風被害

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先島諸島を台風が抜けていった。
与那国島にいる娘一家、昨夜は停電が長く続き、暑い中大変だったようだ。
一夜明けて、被害の様子。
しっかりした作りの家だけれど、庭木も倒れ、一階のテラスの屋根の支柱が曲がっているのがわかる。







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今回の台風は結構な被害をもたらし、昨夜、夜中からの停電は、一部地区ですでに24時間以上らしい。






娘一家は1年前まで別の地区に住んでいたが、そこは古い木造家屋、
台風のたびに屋根がめくりあがりそうになるほど古くて、台風がくると、
コンクリートのガレージに避難していたとか。
今は、この実家に引っ越したので、そういう恐怖はなくなったけれど、
やはり大変なんだろうな、とはるか遠い東京から心配しています。









事故



土曜日の夕方、家のすぐそばでGAKU が事故にあった
この道の左方向は行き止まり、右はマンションの敷地で、通り抜けの車はないところ
左の白い車は駐車場の一番端で、事故を起こした車は、その隣に駐車しようとして
左折したところ、正面の立木のすぐそばにしゃがんでいたGAKU を見逃してしまった


そのとき、友達兄弟が来ていて、総勢5人の幼児が、このあたりで遊んでいた
見ていたのは、婿さん一人、大きい子たちが行き止まりの階段方向へ
走っていくのを大声で注意した婿さんが、振り返ると、GAKU の体に車の右前輪が
かぶさっていたという、婿さんの絶叫に、家から飛び出した娘が見たのは、
車の下から救い出されて大声で泣くGAKU
鼻血で真っ赤だったという
とにかく、生きている! 


救急車をよび、心配してオロオロする子供らを家に入れ、警察を呼び、
小児科のICUがある東大病院へ搬送された


減速していたからなのか、タイヤにひかれたというのに、骨折や内臓に異常はなく、
頭も問題なし、手足と顔の擦過傷だけのようだが、念のため、ICUに入院
救急車に同乗して、夜遅くもどった両親に話を聞いて、ほっとするやら
改めて恐ろしさを実感して、眠れぬ夜となった



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翌日、このカーブミラーを改めてよく見ると、映っているのは、かなり前方にある車
つまり、手前の方は、そもそも映っていないし、人一人くらいだと、よく見えない
小さい子供ならなおさらだ
事故当日は、運転手は、走っていく子供4人に気をとられて、
手前にうずくまっていたGAKU に気付かなかったのだろう
運転手の前方不注意に原因があるとは言っても、小さい子供を守るのは、親や大人の責任
走り回る幼児5人を一人で見るのには、無理があった


子供を遊ばせていると、手が回らない、と言うことは往々にしてある
あっちに行ったり、こっちに行ったり、ある程度言うことは聞くが、
友達が一緒だと、いつもよりハイテンション、


毎日ひやひやの連続だけれど、それにもやっぱり慣れはある
今回「慣れ」はなかったか、起こったことを後悔するより、
大事故にならなかったことを感謝して、教訓にしなければ、
痛い思いをした GAKU が可哀想だ
両親は、いつもとてもよく子供たちを見ている、でも、守ってやれるのは
やっぱり両親と周りの大人だ


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ICUで一泊して、帰ってきたGAKU
痛々しい擦り傷はあるけれど、お風呂にも入れるし、よくご飯も食べた
「いたいいたいしたよ」とお話ししてくれた
GAKUちゃんは、みんなで守るよ







リンゴ

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岩手の従兄から 立派なリンゴが送られてきた


津波の被害の大きかった山田町に住む従兄家族は
幸い、家も職場も失わずにすみ、親戚としては胸をなで下ろしたけれど、
地震後の混乱に、少しでも手助けになるかと、微力ながらお手伝いをさせていただいた


山田に住んでいた叔母は、自宅で果樹園をやっていて、
私が子供の頃から、毎年この時期になると、リンゴと洋梨を送ってきてくれた
自家用の果物だったらしいが、見事なできばえで、秋の楽しみになっていた
叔母が高齢になったとき、それぞれ仕事がある家族は
手間のかかる果樹を手入れできなくて、秋の定期便は終わってしまった


その叔母の葬儀に、久しぶりに山田に出かけたのは3年前だったろうか
養殖いかだの浮かぶ美しい山田湾と、静かな街並みに、感動した記憶はまだ色あせないが
その時泊まった旅館も、食事にでかけた居酒屋も 津波で跡形なく流されてしまったという
盛岡行きのバスを待ったバス停の前の、信用金庫の三階建ての建物だけが
かろうじて残った、と聞いて、信じられない思いだった


震災から8ヶ月、遠く離れていると記憶や思いは段々と薄らいでしまいそう
リンゴは、そんな気持ちをつないでくれた










余震

1週間ぶりに、山田町の従兄弟へ送る食料品を揃え、発送した


本震と言ってもいいくらいの 大きな余震があったのは、その日の夜遅くだった
岩手はかなりの広範囲でふたたび停電となった
無事を知らせるメールはあったけれど、丸々1日もの停電は辛かっただろう


余震の前日には大規模な山火事も発生し、自衛隊のヘリなど
7機が消火にあたって、一日後にやっと鎮火したという
自然災害とはいえ、もう勘弁してもらいたい、と誰もが思ったことだろう


送った荷物はまた3日で届き、お礼のメールが来たが、
遠くの町で2店舗だけ開いている店は、停電の影響で長蛇の列だったそうだ


余計な事かもしれない、とかなり悩んだ末の食料品だったけれど、
役に立ってくれたことが本当に嬉しかった


震災から1ヶ月、山田町でもまだ遺体の捜索が難航して、
瓦礫の撤去が進まない状況だという


従兄弟一家の健康を祈るのみだ






岩手からの声  2

岩手の山田町の従兄弟から、東京にいる兄弟に
なんでもいいから食料品を送って欲しいと連絡があった


だいぶ物資も流通してきてはいるが、山田が壊滅してしまったので、
遠くまで買いに行くスーパーは、客が震災前の2割り増し、品物は逆に6割しかないそうで、
品数は限られ、争奪戦


ノロウィルス蔓延だった我が家では、たくさんの買い出しに行けなかったので、
とりあえず家の在庫を中心に 用意していた段ボールに詰めて、送り出した。
米、もち、パスタ、コーヒー、海苔、醤油、サラダ油、砂糖に塩、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン
カレールーやシチュー などなど
もっと色々入れたかったが、到着に何日かかるか分からず、日持ちをするものを考えた


すると、なんと3日で届いたらしく、従兄弟からお礼のメールが入ってきた
ほんのわずかな荷物では、大人5人家族では あっという間になくなってしまうだろうけど、
少しでも喜んでもらえて本当に嬉しかった
なにが必要か、聞いてみるのもいいけれど、普段生活していてなくなると困る物、
そういうものであれば、たとえだぶってしまってもいいのかな、と思った
物流が安定するまで、定期的に送ってみようと思う。
次回は野菜、果物中心に、こんな時でもホッとできるようにお菓子もいれて
クール宅急便が再開したら、今度は肉や魚も送れる


従兄弟は元々森林組合で働いていて、職場も再開したそうだ
地域の消防団活動は当番制で、息子と共に出動し、主にがれきの撤去をしているが
強烈な臭いとほこりに悩まされているという
町の中心部は、駅しか残っていない有様で、どこが元の道路だったか全くわからないそうだ


山田町のそして東北の復興を祈るばかりだ







プロフィール

jhety

Author:jhety
日光をこよなく愛する、アラ還です。
趣味は、山登り、スキー、カメラにピアノ(順不同)
東京と日光の二重生活も、早4年?
丁寧な生活が目標ながら、孫たちのパワーに
押されまくり、へとへとな毎日を送っています。

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